所員雑感
IMPRESSIONS
2022.1 櫻井惠子
テレビのワイドショーでご近所の困ったさんとして最近よく「ゴミ屋敷」が取り上げられます。確かに、近所迷惑という言葉では片付けられないほど周囲に大きな被害を及ぼしている例も目にします。私も後見業務を始めるまでは「ゴミ屋敷」はテレビで取り上げられる稀なケースだと思っていました。しかし、後見業務で実際に各家庭を訪問するようになって、意外に「ゴミ屋敷」は多いのだと実感しています。そして、それは単純に「困ったさん」で片づけられない多くの複雑な問題を内包しているのではないか、と考えるようになりました。もし、ご本人が精神疾患等の病を抱えており、そのことに起因する行動なのであれば、あのような放映の仕方は問題があるのではないかと思っています。
これまでに終了したもの、見守り中のものを含め、40数件の後見業務を行い、その他、後見等開始審判申立や親族後見人の支援等で多くの方のご自宅の中へ入らせて頂きました。体をまっすぐに伸ばして寝るスペースもないほど天井までぎっしりと積まれた食品のトレー、スーパーのゴミ袋、ペットボトル・瓶・缶、新聞・雑誌・通販のパンフレット、数十年前の塩・砂糖、トイレットペーパー・ティッシュペーパー、古着、時にはネズミのかじった膨大な数のレコード、置き薬屋さんの薬箱も数個あったり、お風呂場には破れた傘が一杯で使用できない状態だったり。「ゴミ屋敷」が発覚するきっかけとなるのは、ご近所の苦情(「マンションのドアからゴミが溢れている。」「アブラムシがベランダから入ってくる。」)、ご本人の病気、民生委員さんや地域包括支援センターの方の訪問等のケースが多いです。
「ゴミ屋敷」になる理由は様々で、「家族全員に何らかの精神疾患がある」、「生活を支えていた親が病気で動けなくなり、精神疾患のある子供がネグレクト状態にあった」、「一人暮らしで認知症となり、片付けられなくなった」、「発達障害から片付けるのが苦手」、「普通に会話はできるが、物に対する執着が異常に強く捨てることができない(「ホーダー」といわれ、もったいない精神のために物を捨てられない人、精神疾患の1つとされているようです。)」、「通販やテレビショッピングを繰り返し、物に埋まっている」等々です。
概していえることはご本人たちに悪気はないことです。他人に迷惑をかけているという認識は乏しく、自分にも関心がないセルフネグレクト状態の方もおられます。さらに、認知症の高齢者の増加が問題に拍車をかけているのかもしれません。私がご自宅に伺うと、いつも山のように積み上げられた書類と格闘しながら「整理ができない」とおっしゃられる方がおられます。どこから出してきたのか何年も前の領収書、各機関からの通知書やお手紙は大量にあるのですが、何故か捨ててはいけない書類はゴミ箱に入っています。とても几帳面な綺麗好きの方で、戸棚の食器にもラップをかけておられるくらいなのですが、病気が原因で整理ができなくなってきたのです。これはお年寄りだけの問題ではありません。身近に発達障害の若者がおりますが、彼の部屋を訪ねて先ずしないといけないことは、ゴミ袋にゴミを集め、掃除機をかけて座るスペースを確保することと、シンクに放置された食べ残しのこびりついたおびただしい数の食器を洗うことです。
昔ならば多くの世帯が大家族であったため、このような問題を家族全体でカバーし、また地域社会のフォローもあって顕在化してこなかったことが、一人暮らし世帯や高齢者の急増により、誰からも支援を得られずゴミ屋敷化するケースが増加してきたのではないかと思います。
それでは、どのように解決していけば良いのでしょうか?
光男さん:82歳、脳梗塞で救急搬送、退院時要介護4、右半身に麻痺、一戸建てに一人暮らし、5年前に妻清子さんが亡くなった後は全ての部屋が足の踏み場もないほど物で溢れていました。
光男さんは脳梗塞の影響で2階の寝室に上がれなくなったため、1階に介護用のベッドを入れるためのスペースを作る必要がありました。光男さんの入院中に整理業者にご自宅を整理してもらうことについて光男さんの了承を得て足の踏み場もなかった部屋を片付け、介護用のベッドを入れ、玄関・廊下・トイレ・浴室までの動線を確保しました。明らかにゴミと思われる物、腐っているものは廃棄し、それ以外は別のひと部屋に移しました。本人が見ていなかったことで整理はスムーズに進みましたが、ぎっしり詰め込まれて物置と化した隣の部屋を見て、「取りたい物を取りだすことができない」と不満はおしゃっています。退院後、毎日ヘルパーさんが来て掃除もしているので、今のところ再度ゴミ屋敷となるリバウンド現象は起きていません。通販は少し復活していますが・・。
ポイントは光男さんを孤立させないチームでの支援体制が整えられたことです。成年後見制度の利用で補助人として弊法人が就任しました。ケアマネジャー、介護事業所、ヘルパーさん、訪問リハビリの理学療法士が光男さんの生活を支えています。お陰で今では要介護2まで回復して、家の周りを杖を突いて歩けるようになりました。
幸子さん:50歳、精神疾患で精神障害2級、一戸建てに一人暮らし、同居していた母親は3年前に施設へ入所(母親にも精神疾患あり)、1階は万年床で、その周りはCDとビデオの山、2階は地震で棚や箪笥が倒れたままの状態でゴミが踏み固められて背丈以上になっており、入ることすらできません。最近2階から雨漏りがしてきてネズミが走り回り危険な状態でした。
2階の整理と不要なプロバイダー、動画配信サービス、通販等の解約のため、障害者支援の支援員村井さんが2年間かけて幸子さんを説得して、成年後見制度を利用することになり、弊法人が保佐人に就任しました。お菓子を食べて、横になり、体のあちこちの不調を訴え病院に通うという生活が続いていましたので、まず、やめていた作業所への通所を少しずつ再開しました。生活のリズムを作り、他者との関わり合いを持つ機会を増やすことがゴミ屋敷解消の第一歩だと考えました。2階の物の処分と修理については多額の費用がかかるため、自宅を売却しグループホームに入るという選択肢も含めて幸子さんはどうしたいか何度も話し合いました。幸子さんの在宅の意思が固いことが分かり、2階の整理と修理に着手することにしました。何社からか見積もりを取り、幸子さんを交えて業者を選定しました。幸子さんに自分の意思でゴミ屋敷を解消するための作業を進めていることを認識してもらうことでリバウンドが回避できればと願っているからです。1階の万年床の周辺はヘルパーさんの掃除も拒否しているため、まだ手つかずの状態です。一つずつゆっくり話し合いを進めていこうと思っています。
幾つかのケースを見て、ゴミ屋敷の解消はそもそも本人一人の力では難しく、単純に非難したり説得したりしても解決には至らないのではないかと思いました。そして、何よりも本人に対する障害福祉の観点が必要で、本人に継続的に関わっていく支援者がいれば変化は見出せるのではないかと思います。支援者は親族が一番いいようですが、夫婦に限らず親子兄弟でも家庭内別居は案外多く、第三者の方がうまくいく場合もあります。もちろんテレビに出てくるような何十年も放置されゴミが道路にはみ出しているゴミ屋敷の解消には行政代執行も必要となるのでしょうが、それだけでは本質的な解決にはならず、リバウンド現象を繰り返すだけのように思います。関わる人がいなければ行政が主導して行政、精神科医、ケアマネジャー、障害者相談支援専門員、精神福祉士、社会福祉士、障害或いは介護支援者、作業所、民生委員、町内会長等を構成員とする本人を支援するチームを編成し、成年後見制度が利用できるようであれば市町村長申立で成年後見人等本人の法定代理人も選任しチームに加え、本人を交えて話し合いながら時間を掛けて本人の納得を得ながらゴミ屋敷を解消していくようなシステムを構築する方が効果的ではないかと思います。後見人等の法定代理人が付けば不動産の管理・処分・有効利用等も図っていくことができます。行政が代執行に着手するまでには10年以上かかっているようです。それだけの時間を掛けるより、前述のような一人一人に合ったサポート体制を構築することで、より有効な解決策を見出すことができ、ひいては地域福祉のためにもなるのではと思います。
(登場される方のお名前は仮名です。いくつかの事例を組み合わせています。)