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想定外の手法で特殊詐欺被害!! ~知らぬ間に利用登録されたインターネットバンキング~

2025.1   櫻井惠子

これまで50人近くの後見人を務めてきましたが、今回のように問題発生時点において、何が起きたのか分からない、という状況は初めての経験でした。

68日(日曜日)、高級老人施設の相談員である花子さんから私の携帯に電話がありました。施設に入居している太郎さんが自分の通帳を持って来て、「訳が分からんことになっている!」と言われているとのこと。奥さんに先立たれ子供のいない太郎さんは、早々にその施設へ入居されました。施設といっても、部屋はマンションの一室のように独立しており、自分で身の回りのことができ健康である、という入居時の要件があります。コロナ禍前の太郎さんは朝6時から散歩とラジオ体操、朝食後は碁会所、ゴルフ、プール、観劇と毎日予定がびっしりでした。ところがコロナ禍で外出が制限され、人と関わることが少なくなったこともあり、最近はあまり外出しなくなりました。私は8年前に太郎さんと任意後見契約を結び、1か月に一度面談する中で、身上保護面に問題はないか、判断能力の低下はないか、ということを確認する見守り中でした。

太郎さんはこのところ「鍵、印鑑、カード」を紛失することが続き、同じ話を繰り返すことも増えてきたため、そろそろ任意後見契約を発効(利用開始)しなければと、ご本人や遠方のご兄弟に相談したのですが、「あと23年は大丈夫だから発効はまだ早い」というご意見で、どうしたものかと考えていた矢先のことでした。

太郎さんのM銀行の通帳を花子さんにFAXしてもらい確認すると、523日(木曜日)に普通預金にあった112万円全額がX社に振り込まれていました。翌24日には200万円が入金されていましたが、すぐその全額がY社に振り込まれ、口座残高はゼロになっていました。

67日(金曜日)に太郎さんが1か月振りにM銀行へお金を下ろしに行き、初めて自分の口座で起きた奇妙なお金の動きに気付いたのです。太郎さんは「X社もY社も全く知らないし、振込などしていないのに何故?」と困惑していました。私も何が起きたのか分からないまま、ともかく太郎さんの全ての銀行通帳を預かり、慌てて各銀行のATMを回りました。その日は運悪く日曜日で普通預金の記帳しかできませんでしたが、他の銀行の通帳には異常はなく、ホッとしました。翌月曜日にM銀行の定期預金の通帳を記帳し、524日に入金された200万円は定期預金を解約したお金であったことがわかりました。

何が起きたのか調べるため、太郎さんに最近なにか変わったことがなかったか確認してみると、3週間前に東京の目黒署の警官から電話があり、「あなたの携帯電話が暴力団に使用されているので事情聴取する。」と言われ、聞かれるままに個人情報を色々と喋ったとのこと。数日後に、今度はM銀行の田中と名乗る行員から電話があり、「貴方の口座が不正利用されているので調査しています。」と言われ、口座番号、キャッシュカードの暗証番号等を聞かれるままに話したとのこと。太郎さんの短期記憶能力はかなり低下しており、やり取りの詳細は殆ど覚えていませんでした。太郎さんはガラ携派でご本人はパソコンもスマホも持っていないため、インターネットバンキングを利用した犯罪の被害者になるとは思いも寄りませんでした。

翌朝、私は太郎さんと一緒に警察へ行き、太郎さんが口座を保有する全ての銀行の出金を止めてもらいました。振込先のX社とY社の口座も調査してもらいましたが、それらはすでに詐欺口座として凍結されていました。どうやら、詐欺グループはインターネットバンキングの初回利用登録時に必要な情報を太郎さん本人から聞き出し、太郎さんの部屋の固定電話と太郎さんの携帯電話を巧みに駆使して銀行からの確認コードを取得し、預金を盗んだのだと思われます。太郎さんは覚えていませんでしたが、太郎さんの固定電話と携帯電話には各々十数回の通話履歴が残っていました。

恐ろしいのは、通帳も銀行印もキャッシュカードも手元にあるのに預金が盗まれたことです。オレオレ詐欺のように現金やキャッシュカードを「受け子」が取りに来たわけでもありません。知らぬ間に自分の銀行口座にインターネットバンキングができるよう利用登録がなされ、知らぬ間にネット振込の手続きがなされ、気が付けば口座が空になっていたのです。老人施設に住んで、任意後見契約も結び、老後は安心!のはずだったにもかかわらずです。私にとって昨年で一番ショッキングな出来事でした。

その後、ほかの銀行の行員を名乗る人物からも電話があった様子でしたので、太郎さんの情報は名簿業者にも流れている可能性があると考え、急遽、固定電話の番号を変え、電話器を通話録音機能付きに変えました。それから任意後見契約の発効手続きを行い、弊法人が任意後見人となりました。太郎さんの口座がある銀行には全て後見の届出をしましたので、もはや詐欺師は手を出すことはできません。

詐欺師は本人から色々な個人情報を聞き出す必要があるため、認知症が進んで情報を聞き出すことができない人ではなく、一人暮らしの軽度認知障害(MCI)の人をターゲットにしています。太郎さんのケースはいわゆる劇場型詐欺で、様々な役割を演じる詐欺グループからシナリオに沿って何日もかけて電話による接触があり、だんだん不安にさせて信じ込ませたのだと思います。警察の話では同様のインターネットバンキングを利用した詐欺が最近起きているとのことでした。

銀行によっては70歳以上の人がインターネットバンキングを開く場合、一度窓口に来て手続きをしてもらうなどの対策をとっているところもありますが、M銀行ではそのような対策はありませんでした。90歳近い人にインターネットのことは関係ないものと思いこんでおりましたが、とんでもない誤解でした。特殊詐欺グループはどんどんスキルを上げてきています。場合によっては躊躇せず、早めに後見開始することも必要だと痛感し、とても苦い教訓となりました。

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